福岡高等裁判所 昭和25年(う)271号 判決 1950年7月11日
被告人
水野経夫
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役八月に処する。
原審未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。
訴訟費用は原審並当審とも全部被告人の負担とする。
理由
弁護人鶴田常道の控訴趣意第二点について。
刑事訴訟規則第百八十九条によると証拠調の請求は証明すべき事実を表示してこれをしなければならない前項の規定に違反してされた証拠調の請求はこれを却下することができる旨規定され各犯罪事実毎に証拠調の請求をすべき旨を明にしている。これは被告人側が相手方から提出された証拠の証明力を爭い其の他防禦権の行使に重要な関係があり、例ば或る供述調書は或る事実の証拠に供することには同意するか他の事実の証拠に供することには反対する場合を生することが想像されるので一つの事実を証明するため証拠調を請求した証拠は他の事実の証明に供すことを禁じられているものと解すべきで今本件について謂うならば竊盜罪を証明するため証拠調を請求された証拠は詐欺罪の証明に供することを禁じられると同時に詐欺罪を証明するため証拠調を請求された証拠は竊盜罪の証明に供することを禁じられているのである。
本刑記録中原審公判調書(十七丁以下)によると検察官は証拠により事実を明にして本件公訴事実を立証すると述べ。
竊盜第一の事実につき証拠書類として。
一、眞子栄三提出の盜難被害始末書
一、津田貞次郞提出の始末書
竊盜第二の事実につき証拠書類として。
一、比嘉眞盛提出の被害始末書
一、高山藤一提出の始末書
詐欺事実につき証拠書類として。
一、検察事務官作成の反頭セイに対する第一回供述調書
一、司法警察員作成の被告人に対する第一回第二回供述調書
身上関係の点につき。
一、被告人の身上申立書
なお証拠物として。
一、物品購買帳 一冊
一、印鑑 一個
の各取調を請求し各立証趣旨を述え。
とあるのに原審判決によるとその証拠説明において判示第一の事実は。
一、被告人の当公延における供述
一、司法警察員作成の昭和二十四年九月二十日附被告人の供述調書中その供述記載
一、眞子栄三作成の盜難被害始末書、比嘉眞盛作成の被害始末書の各記載
を綜合してこれを認めとあり以上各証拠を不可分的に綜合して判示第一の(一)(二)の各事実証明の用に供しあつて被告人の供述調書は敍上説明の如く竊盜罪を証明するためでなく詐欺罪を証明するため証拠調の請求があつたものであるから原審がこれを竊盜罪を証明する証拠に供したのは採証上法令の違反がありその違反は判決に影響を及ぼすこと明であるから原判決はこの点において破棄を免れない。